・刊行:1917
・著者:太田亮
・出版:磯部甲陽堂

・『日本古代氏族制度』をアマゾンで購入

太田亮(おおた あきら、1884年7月1日 - 1956年5月27日)は、日本の歴史学者。氏族制度の研究で知られる。

邪馬台国について、昭和初期発表の「邪馬台国の発生と其崩潰」を含め、その所在地を肥後北部とし、現在の熊本県に比定している。いわゆる誤綴合説と呼ばれる、橋本増吉が展開させたものに賛同している。 

水行三十日陸行一月を帯方郡―対馬国が水行二十日で、対馬国―女王国を水行十日陸行一月と解釈。「九州耶馬台国を我が大和朝廷と混同して記載した」可能性を指摘した。『後漢書』倭王帥升を第五代孝昭天皇に比定、九州と大和それぞれで大陸・半島と交渉を持っていたとする。

九州と大和で同時期に、同じ名前の国が並立して存在していたことについて、明治初期頃まで盛んに言われた熊襲僭称説から脱し、自説を展開。

天孫ニニギは肥後ヤマト国にいて、日向に降臨。三代後、後の初代神武天皇が東遷して畿内ヤマトへ。故地に対して、神武天皇は皇子カムヤイミミを派遣、統治させるが、その後「本来は大和朝廷の藩屏でありながら、僭偽して大倭王と称して遣使すると云う有力な国」になったのが耶馬台国、と見る。

ちなみに、カムヤイミミの子・健磐龍命(たけいわたつのみこと)が阿蘇開拓の神として、今でも阿蘇神社の主祭神として祀られている。

【関連記事】
【邪馬台国論争】今までの研究・論争まとめ - 九州説 - 熊本県