・刊行:1956
・著者:和田清
・出版:ハーバード・燕京・同志社東方文化講座委員会

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白鳥庫吉の弟子筋にあたる和田清は、邪馬台国が九州にあったとし、筑後国山門郡、つまり現在の福岡県に比定している。

和田は「魏志倭人伝に関する一解釈」(『歴史』創刊号、昭和22年(1947年)12月号)において、大和朝廷はまだ日本を統一していなかった、という観点から、卑弥呼を北九州の女酋とした。

この中で和田は、「倭女王卑弥呼は所詮北九州の女酋であって、近い壱岐・対馬まで支配しており、なお南九州の狗奴国と争っていたのである」とし、考古学者が大和説を推すことについて、「大和地方は当時から大和朝廷の本拠であって、女王国などよりは遥かに強力な勢力であったはずであるから、そこから立派な遺物が出るのは寧ろ当然」とした。