若狭国一宮 御祭神は山幸彦、古事記でも失態、当地でも失態が神事に
[住所]福井県小浜市遠敷65-41
[電話]0770-56-1116

若狭彦神社(わかさひこじんじゃ)は、福井県小浜市にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「若狭比古神社二座(若狭国・遠敷郡)」に比定される式内社(名神大社)。歴史的な一宮としての若狭国一宮。近代社格では国幣中社、現在は神社本庁の別表神社「全国一の宮会」に加盟している。

『延喜式神名帳』の二座に対応した上社・下社の2社からなり、上社を若狭彦神社、下社を若狭姫神社(わかさひめじんじゃ)という。別称として郡名から遠敷明神とも呼ばれる。

御祭神は若狭彦大神(彦火火出見尊)。下社の若狭姫神社の御祭神が若狭姫大神(豊玉姫命)であり、夫婦一対。付近の宇波西神社には二柱の子である彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊が祀られている。

社伝では、二神は遠敷郡下根来村白石の里に示現したといい、その姿は唐人のようであったという。和銅7年(714年)9月10日に両神が示現した白石の里に上社・若狭彦神社が創建された。

翌霊亀元年(715年)9月10日に現在地に遷座した。白石の前鎮座地には、若狭彦神社境外社の白石神社がある。

下社・若狭姫神社は、養老5年(721年)2月10日に上社より分祀して創建された。

当地の伝承では、ある年、奈良市の東大寺二月堂の修二会で神名帳を読んで全国の神を招いたが、遠敷明神は漁で忙しかったため遅刻してしまった。

そのお詫びとして、遠敷明神は二月堂の本尊である十一面観音にお供えの閼伽水を送ると約束したという。

白石から下った所にある鵜ノ瀬と呼ばれる淵は、二月堂の若狭井に通じているとされている。

旧暦2月には、鵜の瀬で二月堂に水を送る「お水送り神事」が行われる。その水を受けとる祭事が二月堂の「お水取り」である。ただし、今日では、元は当社の神宮寺であった若狭神宮寺が主体となって行われている。

遠敷明神=山幸彦は、古事記においても兄・海幸彦から借りた釣り針を失くすという失態をして、困り果てるが、この地の伝承でも同じような傾向がみられることは興味深い。

日本遺産海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群 ~御食国(みけつくに)若狭と鯖街道~」において、若狭姫神社ともども「遠敷の里の古代中世の社寺・仏像群」として構成文化財になっている。

なお、『古事記』における竜宮城の、あのアシカの敷物の話に基づき、現在ではインテリア・装飾関係者の尊崇を受けている。

【ご利益】
農林商業、漁業、縁結び、安産育児、学問、厄除けなど
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若狭彦神社の御朱印