・所在地:大阪府藤井寺市青山1丁目

・時 期:5世紀初頭
・時 代:古墳時代中期
・形 状:方墳
・特 徴:-
・指 定:-

【概要】
古市古墳群に属す方墳で、一辺67メートル。向墓山古墳と近似しており、同一規格のもとで築造された可能性がある。墓山古墳に隣接し、第十五代応神天皇の陵とされる誉田御廟山古墳の陪塚(である墓山古墳の陪塚)として宮内庁に管理されている。

前墓山古墳と呼ばれることも。

墓山古墳の陪塚としては、他に野中古墳向墓山古墳、西墓山古墳、西馬塚古墳などがある。また、誉田御廟山古墳の陪塚としては、他に栗塚古墳東馬塚古墳などがある。

二段築成された墳丘で、墳丘の周囲には、すでに埋没してはいるが、幅11.4-14.6メートルの周濠がある。これらの外周施設をふくめた兆域の全長は98メートル。

円筒埴輪、形象埴輪などが採取されており、墳丘には埴輪の配列がされていた。葺石の存在も確認できている。築造は古墳時代の中期、5世紀後半ごろと推定される。

世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「浄元寺山古墳(じょうがんじやまこふん)」として、方墳(67m)、NO.F35で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける古市古墳群のリストも参照。

【関連サイト】
浄元寺山古墳

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