・所在地:大阪府羽曳野市古市5丁目

・時 期:6世紀初頭
・時 代:古墳時代後期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定

【概要】
宮内庁により「古市高屋陵(ふるちのたかやのみささぎ)」として第二十七代安閑天皇の皇后・春日山田皇女の陵に治定されている。古事記には安閑天皇の皇后の記載はないが、春日山田皇女と同じく第二十四代仁賢天皇の皇女に春日山田郎女(カスガノオダノ)がおり、同一人物だと思われる。

標高約30-40メートルを測る独立丘陵上に位置する。古墳の現状は 一辺が約30-40メートルで、高さ7.2メートルの方形状の墳丘を呈しているが、周辺の発掘調査により、元来は前方後円墳であることが判明。中世に高屋城の築城あるいは落城の際に破壊、削平された可能性が高い。

北西約250メートルに安閑天皇陵とされる高屋築山古墳が同一丘陵上に存在する。

陵墓として宮内庁によって管理されている現存部分の周辺を大阪府・羽曳野市教育委員会によって発掘調査されており、本来は墳丘長85メートルで周濠を有し、前方部を北側に向けた前方後円墳であることが確認されている。現在では墳丘長90メートルとされている。

発掘調査では円筒・朝顔形埴輪や家・人物の形象埴輪が出土。円筒埴輪は無黒斑で土師質のものと須恵質の両者が並存している。また、この古墳周辺一帯を所有していた江戸時代から続く旧家には画文帯神獣鏡1面、琥珀玉1点、金銅製飾履破片、鉄剣破片数点が所蔵されており、この古墳出土の遺物である可能性が高いとされる。

出土した円筒埴輪により古墳時代後期の6世紀初頭前後が推定されている。

世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「春日山田皇女陵古墳(かすがやまだこうじょりょうこふん)」として、前方後円墳(90m)、NO.F45で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける古市古墳群のリストも参照。
高屋八幡山古墳(大阪府・羽曳野市)
【関連サイト】
高屋八幡山古墳 - Wikipedia

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