・所在地:大阪府堺市北区百舌鳥梅町1丁目

・時 期:5世紀
・時 代:古墳時代中期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:-

【概要】
百舌鳥古墳群に属し、土師ニサンザイ古墳の北方約500メートルにある。帆立貝形の前方後円墳。現在は、城の山公園と名づけられた古墳公園。一見するとただの土まんじゅうのようにしか見えないが、昭和30年代までは、周濠の跡も水田の畦にはっきりと残っていた。

昭和43年(1968年)より行われた土地区画整理事業の際に墳丘が著しく変形。その後、発掘調査の成果をもとに公園として復元保存された。墳丘は全長69メートル、後円部径約54メートル、高さ7メートル、前方部幅24メートルの規模で、葺石と埴輪列の存在が確認されてる。

前方部が削られるときには、墳丘中央に埋葬施設の可能性のある粘土の塊があった、という。

後円部は宮内庁が管理し、前方部は堺市が管理。

世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「定の山古墳(じょうのやまこふん)」として、帆立貝形墳(69m)、NO.M41で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける百舌鳥古墳群のリストも参照。

【関連サイト】
定の山古墳 - 堺市

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