・所在地:奈良県橿原市菖蒲町2-1-20
・経緯度:北緯34度48分13.99秒 東経135度80分43.25秒

・時 期:-
・時 代:-
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定

【概要】
宮内庁により「劔池嶋上陵(剣池島上陵、つるぎのいけのしまのえのみささぎ)」として第八代孝元天皇の陵に治定されている。古事記には「剣池之中岡上」とある。

円墳2基、前方後円墳1基の三つの墳丘からなっており、そのうちの前方後円墳が治定陵。ただし、江戸時代、幕末の文久年間における天皇陵の大修復の際に、この場所を孝元天皇陵を治定し大改造をおこなった、とされている。

『日本書紀』に、第十五代応神天皇の11年冬10月、軽池、鹿垣池、厩坂池と共に剣池を造った、とある。その剣池に比定されているのが、この陵を取り囲む石川池である。そのため、これは周濠ではないことになる。

孝元天皇は第七代孝霊天皇の皇子で、異母姉妹に箸墓古墳の被葬者に比定されているヤマトトモモソヒメがいる。また子に、第九代開化天皇のほか、四道将軍(古事記では三道将軍)のオオビコ、第十代崇神天皇の御世に反逆するタケハニヤスらがいる。また、孫には建内宿禰がおり、古事記でも建内宿禰の系譜が異常に長く掲載されている。

以上のように、本人よりも周りの方が目立つぐらいであり、本人の事蹟は伝わらず、欠史八代の一人とされる。

なお被葬者とされる孝元天皇の父・孝霊天皇の陵は片丘馬坂古墳(奈良県・北葛城郡)に、異母姉妹のヤマトトモモソヒメは上述のように箸墓古墳に、異母兄妹のオオキビツヒコ中山茶臼山古墳(岡山県・岡山市)に、子の開化天皇の陵は念仏寺山古墳(奈良県・奈良市)に、それぞれ治定され、孫の建内宿禰の墓として、室大墓古墳(奈良県・御所市)が有力視されている。

関係は、天皇家の系譜に詳しい。

【関連サイト】
剣池つるぎのいけ:応神天皇の時代に作られた灌漑用溜め池