・所在地:奈良県橿原市吉田町
・経緯度:北緯34度49分00.54秒 東経135度77分83.35秒

・時 期:-
・時 代:-
・形 状:山形墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定

【概要】
宮内庁により「畝傍山西南御陰井上陵(うねびやまのひつじさるのみほどのいのえのみささぎ)」として第三代安寧天皇の陵に治定されている。古事記には陵が「畝火山の美富登(うねびやまのみほと)」にあると記述されている。

もともと「アネイ山」と呼ばれていたことから、江戸時代の文久修陵の際に安寧天皇陵に比定された。

アネイ山にはもともと安寧天皇をご祭神にした神社が鎮座していたが、陵の治定に伴い、南東に200メートル程離れたところに変座。現在、安寧天皇神社と呼ばれる。

安寧天皇は第二代綏靖天皇の皇子、初代神武天皇の孫にあたる。実在が疑われる欠史八代の一人、とされる。

ちなみに古事記の陵の記載「美富登」は女陰のことと思われる。地名に「ホト」が付くことは珍しくなくなるが、これはその走りと言えそうだ。

なお被葬者とされる安寧天皇の父・第二代綏靖天皇の陵は四条塚山古墳(奈良県・橿原市)に、子の第四代懿徳天皇の陵はマナゴ山古墳(奈良県・橿原市)に治定されている。

関係は、天皇家の系譜に詳しい。

【関連サイト】
2010.12.30 安寧天皇畝傍山西南御陰井上陵