・所在地:奈良県奈良市今辻子町20
・経緯度:北緯34度68分37.21秒 東経135度82分40.12秒

・時 期:5世紀前半
・時 代:古墳時代中期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定

【概要】
近鉄奈良駅より徒歩五分、市街地にある巨大な墳墓。宮内庁により「春日率川坂上陵(かすがのいざかわのさかのえのみささぎ)」として第九代開化天皇の陵として治定されている。古事記には開化天皇の御陵として「伊邪河の坂の上」という記述がある。

墳丘の規模は、後円部径48メートル、高さ10メートルで、前方部の最大幅は54メートル、高さ6メートルで、墳丘全長は105メートル。墳丘の周囲には幅8メートルの楯形をした周濠がある。円筒埴輪などが出土されており墳丘には埴輪の配列がなされていたと思われる。

なお被葬者とされる開化天皇の父・第八代孝元天皇の陵は中山塚1-3号(奈良県・橿原市) に、子の第十代崇神天皇の陵は行燈山古墳(奈良県・天理市)に、別の子のヒコイマスの陵は日子坐命墓(岐阜県・岐阜市)に、孫のヒコタタスミチノウシ雲部車塚古墳(兵庫県・篠山市)に、それぞれ治定されている。

関係は、天皇家の系譜に詳しい。

【関連サイト】
念仏寺山古墳

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