・所在地:秋田県南秋田郡五城目町上樋口字樽沢
・経緯度:北緯39度93分39.99秒 東経140度11分76.02秒

・時 期:8-9世紀
・時 代:奈良時代-平安時代
・形 状:土坑墓など
・特 徴:-
・指 定:県史跡

【概要】
日本海沿岸部最北の古墳群。

岩野山古墳群は、1960年(昭和35年)に耕作者によって発見されたのち郷土史家の分銅志静の知るところとなって、地元で注目されることとなった。遺跡は、八郎潟東岸に南北にひろがる洪積台地のひとつ、通称「岩野山」に立地している。「岩野山」は、出羽丘陵より北西方にのびた舌状台地で、古墳群は標高36メートル前後の台地先端部に位置している。

岩野山古墳群の発掘調査は、1961年(昭和36年)から1963年(昭和38年)にかけて、奈良修介・豊島昂によって山頂部の北東斜面についておこなわれ、確実なところでは6基の古墳が確認された。また、1974年(昭和49年)には五城目町教育委員会による北西斜面の発掘調査が実施され、12基の遺構を確認した。これらの古墳・遺構は、墳丘はのこっておらず、地下の遺構のみが残存していたものである。

当古墳群は、遺物からは8世紀前葉から9世紀後葉の時期に営まれたものとみられ、遺構の数からすればやや年代幅がある。刀剣、馬具、装飾品、須恵品、鉄製品などが多数出土。

火葬墓は当古墳群では見つからなかったものの、秋田県・山形県は太平洋沿岸にくらべ検出例が比較的多く、なかでも秋田県は古代火葬墓分布の北限に位置している。

【関連サイト】
岩野山古墳群(五城目町) - まるまる秋田

【関連記事】 
日本海側の前方後円墳の北限が更新される可能性 - 日本の古墳の北限についていろいろ
前方後円墳の日本海側北限50キロ北上「城の山古墳」、2014年12月にシンポ - 新潟・胎内