稲佐の浜と弁天島 - Wikipedia
出雲神話の国譲りの地で知られ、「日本の渚100選」に選ばれている島根県出雲市の稲佐の浜周辺の「大社漁港海岸環境整備事業」の起工式が2014年11月7日、県や市、住民ら約50人が出席して同浜近くで行われたといいます。産経新聞が報じています。写真は稲佐の浜と弁天島。(出典:Wikipedia)

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現在の稲佐の浜の周辺は堆砂で砂浜が広がり、海岸沿いの民家は飛砂(ひさ)に悩まされてきたといいます。このため、住民も入ったワークショップで、飛砂の軽減とともに、浜を観光振興に生かす計画を練り上げたようです。

きづき海浜公園から弁天島の580メートルがI工区。飛砂を防ぐクロマツの植栽のほか、弁天島の前に階段式護岸と東屋、ベンチなどを新設。駐車場は現在の倍の40台分を確保。自転車道も設ける。完成は平成30年代初めを目指すといいます。

古事記に「伊那佐の小濱」と出てくる稲佐の浜は、葦原中国平定において、高天原からタケミカヅチと、天鳥船(あめのとりふね=アメノトリフネ、別名にトリノイハクスブネノカミ)が出雲に降り立った地として登場してきます。

二柱、特にタケミカヅチだと思いますが、ここで剣を抜き、波の上に剣を逆さにして突き刺し、その前に座って、オオクニヌシに国譲りを迫ることになります。

現在では、出雲大社の神事、神幸祭(8月14日)と神迎祭(旧暦10月10日)が行われ、特に後者については、出雲の神有月、その他の地域の神無月として有名です。

周辺にも神話にちなむ史跡が多く、稲佐の浜の中心にあり、豊玉毘古命(トヨタマ)を祀る弁天島(べんてんじま)、神幸祭においては、塩掻島で塩を汲み、掻いた塩を出雲大社に供える塩掻島(しおかきしま)、オオクニヌシとタケミカヅチがその岩陰で国譲りの協議を行ったと言われる屏風岩(びょうぶいわ)、タケミナカタとタケミカヅチが力比べをし、稲佐の浜から投げ合った岩が積み重なったと言われるつぶて岩などがあります。

今回の整備事業で、こうした観光資源の整備が進められ、参観の便が高まり、観光客が増えることを祈念しております。

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